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ご挨拶 |
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家内が田舎はイヤだと言い出して、無力な私はどうすることも出来ず大阪と名張と別れ別れの生活も続かず、我を折って大阪で住むことにしたのですが私は名張が忘れられず春の到来とともに名張へ帰ってきました。一時は売却するかとも考えましたが6000万円で買ったものが売るとなると2600万円くらいだと言われて考え直して居ります。
やむを得ません、一人で自炊をしながら面白く生活することにしようと思いました。といってもお互いに年をとったモノです。いつ病に負けるかもしれません。そのときは直ちに別居は取りやめです。どこまで続くか高見の見物をしていて下さい。
前回日帰りヘルニァ手術の時に、「なぜ腰椎麻酔でしないのかなと不思議に思いました。何かチマチマ切って居るようで、鬼手仏心。一気に快刀乱麻の切れ味に程遠いやり方のように思いました。」云々と書きましたが、その後先生に「癒着があって難儀したんやで」と言われました。素人がわかりもせずにごちゃごちゃ書きまして、たいへん失礼を致しました。ここでお詫びして訂正させていただきます。いったん書いたものは、もう取り消しはできないのですが改めてお詫び申し上げて取り消しをしたいと思います。バカなことを書いて本当に申し訳ありませんでした。
チマチマ切っているようでと言うのは、癒着があってひと思いに切れなかったのです。切られている私としてはスッと切っていないと言うことが分かっていたのでしょう、それが癒着のためとは分からなかったためで、麻酔されていてもその時の自分の感覚は確かなのだと思いました。昨年(2003年)の10月に書き上げたのですが、印刷して製本して郵送する事ができませんでした。今年4月の分と一緒に発送になりました。さぼって申し訳ありませんでした。最後に皆様のご健康を祈り上げます。
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ねじ花 |
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庭にねじ花が雑草として咲いている。一週間ほどバタバタしていて庭を見ていなかったので少し驚いた。よく見るとなかなか愛嬌のある花だ。小さいので目立たないが花が軸を回転しながら咲き上がっている。文字どおりねじの形だ。都会では見たこともない花が雑草として生えてくることに感動する。そう言えば南天が生えてくる、白百合が矢鱈生えて来る。紫式部が生えてくる。山椒まで生えてきた。これは踏みそうな場所に生えてきたので大事に鉢揚げをしたのが失敗で枯らしてしまいました。名張市桔梗が丘はこんな田舎だと言いたいわけです。
名も知らぬ植物がいろいろ生えてくる自然の生命力の偉大さに感動したり、雑草の生命力に負けそうになったり驚きの連続だ。条件の悪いところでも一生懸命に生きていく逞しさは見習いたいところだ。雑草を引き抜くとき、「折角生えてきたのに場所が悪かったなぁ」とつぶやきながら根こそぎ引き抜く。草や芽を出した木から見れば、極悪人に見えるんだろうなと思いながら引き抜いた草をペキペキ折り曲げて処分する。
揚げひばりはいつしか聞こえなくなった。子育てが終わったのか何処かへ去っていったのか、そう言えばウグイスも聞かない。鳥にも季節があり。啼く時期があるのだと思い知る。冬は暖房、夏は冷房、人間は四季を忘れていても自然は四季をしっかり守って移ろい行く。うかうかと過ごす人生、昔から光陰矢のごとしと戒められていても、人間は時間を浪費して後で後悔する。後悔先に立たず。と何か人生訓の羅列になった。
最近頭の毛が増えてきたように思える。76歳にもなってそんなはずがあるものかと考えるのだが、整髪をするときになんだか毛が増えてきたように思える。これは毛の本数が増えたのではなく、毛の太さが太くなったのではないだろうか。
整髪にかかる時間はほんの2・3分なのでとても本気で増えたと言い張るつもりはないのですが散髪に行くと、すき鋏でじょりじょり切られる。その量も以前より増えたように思える。だからどうだと言われてもなんとも言えないのだがそんなことがあるだろうか。 別にだから若返ったという気などさらさら無いのだけれど、奇妙に感じられるのです。
こんなあやふやな事で断定するのは憚られるのだけれど、私には不思議なことに思われるのです。
超能力のごく一部の能力が私にあるようにも思えるのです。非常にはっきりしないごくごく弱いもので、人に言えるようなものではありません。しかしどうもそれがあるという方が自分で納得しやすいのです。
庭の樹を伐ることに成ったときのことです、ドングリができる樹だったのですが、伐る前の年に、庭が陰になってよくないので来年に伐ることにしたから今年はできるだけドングリをたくさん実らせるようにと念じました。ドングリはできる限り拾ってあちらこちらの山へ蒔いてやるからと樹と約束しました。すると驚いたことにその年はメッタヤタラにドングリが出来てすべてを拾い集めることが不可能になってしまいました。拾い損ねたドングリは春になるとどんどん芽を出してきます。それでもいくつかの幼木は近くの山に植えてやりましたが、とても追いつくことが出来ません。とうとう樹の切り株にドングリは拾って、芽が出た幼木は近くの山へ植えてやると約束したが全部を守ることは出来なかったと謝る羽目になりました。これなど樹と対話できると言えば笑われるだけでしょうか。
どうして、いつもより数百倍ものドングリをならせたのでしょうか、人の言うことが分かるのでしょうか、分かったら対応が出来るのでしょうか、樹に脳があると聞いて居ません。どこで判断するのでしょうか。「そんなアホな」が普通の人の考えでしょう、偶然に起こったと言うのが一般でしょう。常識的な人はそう考えるのです。しかし逆に、「偶然は無い、すべては必然にして最善」と考える人も居るのです。
まあ超能力があるとか無いとかの議論はやめて独断と偏見で超能力が、あるという前提で進めていくことにします。「そんなものは無い」という人は読まないで下さい。私はあるという前提で進むことにします。それともう一つ超能力は普通能力だと言うことです。超能力者はすべて「誰でも出来る、能力は誰にでも備わっている。ただ使わないので能力が発現出来ないだけだ。」と言うのです。これはどの能力者も異口同音に言うことですから信用してもよいと思われます。そしてこの話は私が自分の趣味でやるもので、責任は一切取りません。
気の存在 気で人を投げ飛ばす人。病気などの不具合を直す人。私の考えでは「気」の世界では江戸時代に平賀源内がエレキテルの実験をした時の状況に似ていると思います。
エレキと言っても静電気・直流・交流・高周波・低周波・電圧・電流・高圧・低圧・蓄電池・発電機・電波・電磁波・磁気・電気・電子・・等々多種多様です。
こんな複雑なものだとは平賀源内も分からなかったでしょう。気について言えることは気を出せる人は必ず気は誰でも出せる。出し方を知らないだけだと言うことです。気を出せる人はみんな異口同音に言うのです。「気は誰でも出すことが出来る。」と
電気と気が違うところが一つあります。それは電気の場合は誰がやっても同じ条件なら同じ現象が起こることです。しかし気は気まぐれです。同じ現象が起こったり起こらなかったりします。科学的でないのです。
だから決定的に難しいのです。同じ現象が起こったり起こらなかったりする。非科学的と言われる所以です。だから気があるとか無いとか言う議論はやめてあるという前提で進むことにします。『そんなんようついていかん』と言う人は残念ながらお引き取り下さい。
1962年と言うから私の息子と同年代の昭和37年生まれの飯田史彦と言う国立福島大学の経済学部の助教授が居ます。「生きがいの創造」と言うベストセラーで一躍有名になった学者です。それから生きがいシリーズで数冊の著書があります。この人は生き甲斐論で輪廻転生を説き学者生命を賭して出版されたのです。
この人の勇気に脱帽します。35歳前後でこの世とかあの世とかを論ずる勇気に頭が下がります。学者ですぞ。私のような自由業でも、そんな冒険は出来ません。仕事を離れて隠居した身でも緊張します。それなのによくぞ輪廻転生、親を選んで生まれてくる、などと堂々と言えるのは立派なものです。 |
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科学的でないのに科学的なこと |
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世の中にはとんでもないことを言い出す人が居るものです。私が一番最初に経験したのは、「気」です。気で病が治るのなら苦労はありません。ところが、数年来の頭痛がごく簡単に1分ほどの治療で治ってしまったのです。このことが私を常識から非常識の世界へ引き込まれてしまった出会いでした。
十字式健康法と言う「気」で治るという超能力との出会いです。そんな馬鹿なことがあるかと思うのですが、確かに効くのです。超能力とでも言うのか、とにかく訳の分からない方法です。それ以来10数年経ちますが今でも時々施療に行きます。創始者は安久津政人と言う人で、今では引退されて、弟子達が15人ほどで日本全国で毎日治療されています。創始者も弟子の人たちも効き目に代わりが有りません。特殊な技術ですが子弟に受け継げると言うことは、科学ではないでしょうか。万病に効くとは言いませんが、確かに、「気」は人間が操れる技術のようです。十字式以外にも「気」の出せる先生はあちらこちらに居ます。やり方や効き目に多少の違いは有るようですが、どの先生も「気」は誰でも出せる。と異口同音に言います。どうもそんなものらしいのです。
十字式健康法に通うようになって10数年になりますが、そのせいか私も気が出せるように思います。怪しげな話で訳のわからん事言うなと言われそうですが、もともと気とは分かりにくいものなのです。短兵急にすっと分かるものではないのです。
だから今までいくら口を酸っぱくしてしゃべってもあまり理解されたとは言えません。常識で考えれば当然のことで、非常識も甚だしいのです。だが常識が如何に間違っているか考えてみて下さい。こんど日赤でCTスキャンやMRIや骨なんとかを受けました。そして生検や、内視鏡、膀胱の圧力検査、等々検査検査で大分苦しみました。患者に対する負担は相当のものですし、健康保険の支払基金の負担も大したものだと思います。確かにデーターが出てくるので、第三者にも分かるし大したものだと感心しました。
凄い設備です、凄い技術です、コンピュータを初めとして電子の技術は世界で凄く発展しているのです。最新の医療の恩恵を受けた者として文句のあるはずがありません。その上、諸先生方の頭の下がる努力にも御礼を申し上げるのは当然のことです。これまでどれだけの人達の恩恵を受けてきたのでしょう。子供の時からお医者さんにどれほど診て貰ったのでしょう。そのお陰で今も生きているのです。ひびの入った体だから、ひびの入いった茶碗のように気を付けて大事に使えばそれなりに行けるのだからと、お医者さんに口を酸っぱくして説教された人間として、本当に有り難いものです。
船井先生の話をだいぶ続けてきました、もうウンザリだという人もいるでしょう。「日本の常識は世界の非常識」と云ったのは竹村健一さんですが、常識をうち破る事を平気でしゃべる船井さんに敬意を払います。
最新の理論物理学の世界では、超ひも理論が認められて来たようです。スーパーストリング説の元の学説は日本人の南陽一郎と言う名大の先生だと云うから愉快です。この理論によるとこの世は10次元だというのです。3次元に時間を入れて4次元の世界に住んでいる我々は、理解に苦しむところです。それでも10次元だと言われると、ハイそうですかとしか言えないのです。理論物理学の世界では、秀才や天才達が何千人と群がって研究しているのでしょう。その人達が4次元以外の6次元は掛け軸のように巻き取られているのだと云う説明です。超ひも理論の一段前の不確定性理論でも光は粒子でもあり波動でもあると言う説明に七転八倒した事を思えば、10次元と言うことも納得するしかしょうがないのでしょう。
マンガ『超ひも理論』という本を買ってきました。原作は講談社のブルーバック『超ひも理論と陰の世界』見えない!さわれない!謎の世界という副題がついています。の著者広瀬立成さんです。マンガは大谷匠司と言う人です。「世界で一番わかりやすい」という副題がついています。
それでも、何回読んでもわかりません。わからんから面白いと言えば「アホか」と言われるだけでしょう。しかし10次元であることだけは間違いない真理のようです。
広瀬立成さんは、ブルーバックに「反物質の世界」「真空とは何か」「モノポール」などの著書があります。モノポールとは、磁石の南北を切り離してゆくと、しまいに南は南だけ北は北だけの磁石があるのかどうか、その南だけの磁石。北だけの磁石をモノポールと言うのです。
超ひも理論から宇宙の暗闇…ダークマターというものが導き出され、宇宙にある暗黒物質は現在見えている宇宙の10倍以上の質量のものがどうしても見えない存在として宇宙にあるというのだから驚きです。暗黒物質ダークマターは中性微子(ニュートリノ)ではないかと言われているが、まだ分かっていないらしいのです。
2002年ノーベル賞を受けた小柴昌俊博士が、岐阜県の神岡鉱山の跡地でスーパーカミオカンデを使って、ニュートリノの研究をされていて、それが世界の最先端を走っている研究なのである。とこれはマンガの受け売りです。
5次元の世界から4次元の世界を見たら、4次元からは5次元は見えないが、5次元からは4次元は丸見えなのではないか。輪廻転生、霊の世界、超能力と言えば、非科学的な世界です。それが奇妙なことに、10次元の世界だと言われると最新の科学の世界が、非常に近くなって来て、非科学的なのに科学的だということになりそうなのです。この辺のことはまだ、誰にも分かりません。わからんから面白いのです。アホなオッサンやなと自分でも思っています。 |
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広辞苑第4版によると |
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・鼠径部ヘルニア
鼠径部ヘルニア 鼠径部から内臓、殊に腸管や大網が脱出する病症。外鼠径ヘルニアと内鼠径ヘルニアとがある。前者は深鼠径輪から鼠径管を経て浅鼠径輪に脱出するもので、小児、特に男児に多い。先天性と後天性がある。後者は浅鼠径輪で腹壁に垂直に膨出するヘルニアで、腹壁の筋の弱い中高年の男性に両側性に見られる。
→ヘルニアとあり。(ヘルニアの項を見よと言うことです)
・ヘルニア
腹部内臓が、腹壁の先天的間隙、または後天的にできた孔口から腹膜に被われたまま外方に脱出するもの。最も多いのは鼠径ヘルニアで、腸が鼠径管を通って、陰嚢の中まで下降する。脱出した部分が腹腔に戻らず、腸閉塞状を呈するものをヘルニア嵌頓(カントン)という。
とあります。
「腹壁の弱い中高年の男性に両側性に見られる。」とは、脅かされてるような気がします。両側性とは右に出たら左にも出る可能性がある訳でして、これから下腹部を鍛えようかなとも思いますが多分手遅れでしょうな。
昨年も今年も、歩けば時々痛くなって、腹を切ったのでその後遺症だとばかり思っていたのですが、その時からボチボチヘルニアが始まっていたのでしょう。切腹した後は体重が3kgほど減ったので、筋肉が痩せたのでしょう広い意味ではこれも後遺症と言えるのかも知れません。
ヘルニアに罹るとは夢にも思っていなかったので、これも青天の霹靂まったく驚きました。癌だと言われたときも驚きましたが「病気はいつも不意打ちにやってくる」のです。寺田寅彦ではありませんが「天災は忘れた頃にやってくる」みたいです。
昨年6月に40度の熱発も11月の膀胱炎も不意打ちでした。1月の副睾丸炎も急でした。この一連の発熱と尿が濁り血尿になったのも、精液の通り道を逆行していく感染症のせいだとわかりました。もう行き止まりですから、これ以上は無いわけです。
前立腺をミカンの中身を取るように取ってしまったので、前立腺はミカンの皮が残っているようなものです。射精管が前立腺の壁にオープンしているのでしょう。菌が逆行し易くなっているのだと思います。気をつける必要がありそうです。絶えず水を飲んで尿を清潔に保つ必要がありそうです。石を貯めないようにも水が大切です。以上素人の勝手な判断でした。 |
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